~前書き~
このブログは、新・ブログJellyVol.45(2015/1/12 カフーツにて実施)で書いています。
なかなか筆が進まないのがブログ、されどWebの世界でお商売をさせていただいているものとして、書かなければならない、書くべきなのがブログ、であります。ブログJellyに参加することにより、書く環境に身を置くことができます。

ブログJellyへの参加を決めると、ブログネタを始終考えるようになります。どんなものでもネタにはなり得るのですが、「これは私事すぎるだろう」というような心配をしたりし、なかなか悩ましいものです。そこでひとつ考えた方策が「読書と絡める」というものです。読んだ本の報告となにかしらのネタを絡ることにすれば、ネタ出しには困らないばかりか、つとご無沙汰になってしまっている読書習慣を取り戻すきっかけにもなろうというものです。浅はかな考えではありますが、実践していけたらと思います。

~本題~
中学生の長男が通う塾では読書習慣をつけさせるために、数ヶ月に一回本を購入させます。さすが学習指導のプロが厳選しているだけあります。今回は「宇治拾遺ものがたり」(川端善明・岩波少年文庫)でした。「拾遺」は「残ったものを拾う」という意味だそうで、平安朝の中期から末期の権大納言源隆国というとても暑がりのエリート公務員の人が集めた話集です。5月~8月にかけて宇治へ避暑に出かけていたとき、往来の人を呼び止めて昔の物語や諸国の話を語らせて楽しんでいたそうです。それを書き留めたものなので聞いたような話もありますし、そんな珍しいことがあるかいな、という話もあります。

私が読んでいて一番に感じたのは、800年以上も前の日本人の感性が現代人と少しも違わないな、ということです。棺桶から勝手に自分のお部屋に戻ってしまう娘さんの死体を気味悪く思ったり、殺生を重ねた人が自責の念からお坊さんになったり、鬼との踊りを楽しいだろうなあと思ったりする、日本人の気持ちの柔軟さを感じました。

そのような宇治拾遺ものがたりですが、とても有名なあのお話も入っています。ほほに大きなこぶがついているおじいさんが夜、山の奥で鬼の宴会に遭遇し、というあの「こぶとり」じいさんです。

こぶとりじいさんが、とてもおもしろい踊りを鬼に披露したので鬼に気に入られ、必ず次の宴会にも参加するようにこぶを取られ、そしてまるで今までこぶがなかったように暮らしていく、というくだりを読んだところで「おじいさんのこぶは、巨大なイボだったのではないか」と思いました。

「イボ」というものに縁無く過ごしてきましたが、10歳の次男の手指にそれが発生しました。どんどん成長していくおできのようなものが「イボ」であることに、ネットを調べて気づきました。イボの症状、治療方法等がいろんなページに紹介されていました。読めば読むほど放っておくのは得策ではないことがわかり、近くの皮膚科へ連れて行きました。

大変人気の皮膚科なので、患者さんがいつもあふれかえっています。少しでも能率良く診察を進めるために、病気についての説明書きのようなファイルも準備されていました。そのファイルは、ネットで調べた情報と同様でしたが、最後に「イボは解明されていない部分が多いのです。ある日突然直ったり発生したりする、とてもミステリアスなものです。」と記載されていました。イボはどんどん大きくなったり、突然直ったりするもの…まさに「こぶとり」じいさんのこぶのようではありませんか。800年前もイボで悩む人はいたのだなあ、と感慨にふけりました。

ちなみに今のイボ治療のスタンダードなものは、液体窒素で焼く、という方法だそうで、現在、次男の治療は継続中です。
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